大阪新四十八願所_第15番_寶樹寺
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大阪新四十八願所阿弥陀巡礼 / 第15番「寶樹寺」
寺院・諸堂来歴
- 開山の謂われ、年月日などは不詳だが、江戸初期の創建と推測される。古書から少なくとも明暦3年(1659)には現在地に存立していたことがうかがえる。
- 安政2年(1855)刊の『浪華の賑ひ』は往時、庭園を含む広大な寺域を有し、人々の憩いの場でもあったことを記している。
- 昭和20年(1945)大阪大空襲でほとんどの堂宇を焼失した。
- 昭和20年代後半、第二十六世の眞定和尚が復興を遂げる。外観、内外陣ともに奈良仏教の様式を備えた、優美かつ荘厳な姿を今日に残している。
本尊
- 本尊阿弥陀如来座像。作者不明。制作年代は奈良時代と伝う。
宝物・墓石・行事など
- もとの大坂四十八箇寺阿弥陀巡礼の碑が本堂横に今日も残る。
- 三代目竹本大隅太夫之墓等あり。
- 年中行事として修正会(しゅしょうえ)・春秋彼岸会・盂蘭盆施餓鬼会などをいとなむ。
第15願 「眷族長寿の願」(けんぞくちょうじゅのがん)
もし我れ仏を得たらんに、国中の人天、寿命能く限量なからん。その本願あって、修短自在ならんをば除く。もししからずんば、正覚を取らじ。
(もしわれほとけをえたらんに、こくちゅうのにんでん、じゅみょうよくげんりょうなからん。そのほんがんあって、しゅたんじざいならんをばのぞく。もししからずんば、しょうがくをとらじ)
【大意】
もし私が仏になることができれば、私の国の天人や人々の寿命を限りがないものにさせましょう。ただし、願によりその長さを自由にしたい者は別です。それができなければ、私は決して仏になりません。
和歌
くれ竹の いくよをこめて もろ人の おひせぬ門や なをさかふらん
【訳】
竹の「よ」(=節)ではないが、〔極楽では〕幾「世」もの長い年月を含み込めて、多くの人が不老長寿となって、ますます栄えることであろう。